よはなさけ旅の酒・姉妹都市の居酒屋放浪編。

夜の小田原の町を居酒屋探してぶらぶら歩いた。
やってきた夜の宮小路は車も人通りもないが、誘うように灯をともした行灯看板がなまめいたムードを漂わす。
少し暗いあたりは松原神社だ。
地回りとしては筋を通さねばなるまい。
ガランガラン。夜の境内に音をさせかしわ手を打った。

宮小路を歩いて行くと(大学酒蔵)が目に入った。
相当古そうだ。
古い大衆酒場を見つけると入ってみたい。
大都会の変化、地方都市の衰退とともに、古い建物で昔通りに続けている大衆酒場は今やたいへん貴重だ。
店内に入ったとき、これは出会ったと思った。
単純な長四角の店内にコの字カウンターをまわしただけの店で、天井には裸蛍光灯がぺたっとつき、すすけていながらどこか凛とした潔癖さがみなぎる。
そして魚がすばらしい。
名高い小田原のぶり刺身や新鮮な平目刺身、赤貝刺身、生しらす……。
品数も豊富だ。
店の充実した清謐感は昔のままであることで生まれていくものだ。
それはノスタルジーを越えた洗練だろう。

翌朝、夜来の雨も上がり海へ行った。
湘南バイパス高架下をくぐると、目の前は相模湾になる。
海に立つのは久しぶりだ。流木などはあるが砂浜で、足裏に石が当たる。ここは明治天皇が訪れてから御幸の浜と呼ばれるようになった。沖に帆を張る漁船がいる。延びる突堤に腰を下ろすと、なにやら詩人の気持ちがわいてきた。
海に近い小田原の町は風光が明るく気持ちが晴朗になる。
京へ向かう東海道五十三次は目前に箱根八里をひかえ、小田原宿では必ず一拍して難所にそなえた。
さて、帰るとするか。
小田原駅に入ると昨日は気がつかなかったが巨大な小田原提灯が下がる。
有名な小田原提灯は、江戸時代の中期、小田原の提灯屋・甚左衛門が作ったのが始まりとされ【小田原提灯の三徳】と言うに、第一、【上から下まで寸胴のため】折り畳むと懐中に入り小型で携帯によい。第二、丸骨でない平骨はのりしろが広く雨や霧の湿気に丈夫。第三が面白く、大雄山最乗寺の神木を使うので狐や狸に化かされなく道中の安全になる、と。箱根八里の夜道に頼られたのだろう。

ぴーっ。
小田急ロマンスカー上り列車はゆっくりと車輪を回しはじめ、次第にスピードを上げてゆく。
今日は八王子に帰る。町田駅で下車して横浜線に乗った。
小田原から約1時間30分、八王子に着くと12時半。
「あー腹へった」
八王子のランチなら以前八王子居酒屋ひとり酒で紹介した(けいの家)だ。
地元の野菜にこだわり、北海道十勝から直送される食材が売り。
「オ、池波さん、久しぶり」
えんじ色の作務衣の社長は厳選食材を食べ続けているためかたいへん血色よく、せかせかと動き回る姿は相変わらずで、仕事熱心だ。
「北前廻船定食ね」
「ホーイ、廻船一丁ね」
厨房の白調理着の板前は忙しそうだ。
届いたおなじみの「北前廻船定食」は経木舟皿の大根ツマの上にマグロ、マダイ、サーモン、イクラ……、みなぴかぴかしてうまそうだ。
最初はそのまま味わい、最後は醤油に浸した刺身をのせて小丼にして終える。
気軽に2つの食べ方で味わえるのかいい。
たいへんおいしいです。
店を出て京王八王子バス停まで歩くと戸吹行きのバスが止まっている。
天気もいいしあれで滝山城址まで行くとするか。
滝山城は北条氏照の居城。
小田原城・八王子城・滝山城、北条氏の縁で八王子市と小田原市は平成28年に姉妹都市になったのだ。

～おわり～